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ようこそ院長室へ

2016年3月29日掲載 野洲市民病院関連予算案が可決されました
2015年6月24日掲載 (仮称)野洲市立病院建設計画について
2015年2月6日掲載   当院産科の閉鎖について
2015年1月13日掲載  2件の嬉しいニュース
2014年12月17日掲載 車通勤途中の風光明媚な風景
2014年11月27日掲載 全国高校サッカー選手権大会滋賀県予選決勝戦、野洲高校善戦するが敗退に終わる

2016年3月29日 10:06:57 掲載

〇野洲市民病院関連予算案が可決されました
 諸般の事情によりまして、昨年6月以来10か月近くも当コーナーの入稿ができませんでしたことお詫び申し上げます。
 さて新聞紙上等で報道されていますが、本年3月23日の野洲市議会におきまして、新野洲市民病院建設の基本設計予算および整備基金条例が可決されました。昨年の市議会では同案が3度も否決され、11月には山仲市長も本計画の断念を表明され、大変残念なこととがっかりしておりました。しかし12月に入って、野洲市自治連合会が市長、市議会議員との意見交換会が行われたのを契機に、野洲市に公的中核病院は是非とも必要との機運が市民の間から起こりました。その後に、守山野洲医師会が中心となり、市民、患者会、介護・福祉関連団体から「地域のかなめ『野洲市民病院』を必ず実現しましょう!」の署名運動が行われ、9,000名近くの多数の方々から賛同を得ることができました。また、「新病院を望む女性の会」の方々による署名活動からも4,000名を超える賛同を得て、今回の議決に至りました。皆様方の温かいご支援に対し、深甚なる感謝を申し上げます。
 しかし今回の議決は、野洲市民病院建設に向けて、ようやくスタートラインに立ったところに過ぎません。今後、基本設計→実施設計→建設工事と開院までには、未だ数年を要します。計画が順調に進むためには、現御上会野洲病院の診療実績を着実に向上させ、収支を改善し、財政負担の心配を払拭して行く必要があります。職員一丸となって、頑張って行きますので、今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。


2015年6月24日 15:33:04 掲載

〇(仮称)野洲市立病院建設計画について
 (仮称)野洲市立病院建設計画について

 三上山を望む
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2015年2月6日 13:20:50 掲載

〇当院産科の閉鎖について
 昨年10月15日付けで既に公表しておりますが、当院の産科を本年3月で閉鎖することになりましたので、改めてここにご報告させていただきます。
 当院の産婦人科は、当院の前身「野洲診療所」が昭和34年に開設された2年後の昭和36年より診療所の2階部分を借り受け「こまどり助産所」※として、5名の助産師の方々の熱意によりスタートしました。その当時の助産師のお一人が、100歳を超えて、お元気にされているとのことです。
 昭和39年に同助産所は閉鎖され、野洲病院産婦人科として、昭和43年からは医療法人御上会野洲病院産婦人科として発展してまいりました。昭和30年を境に、出産場所が家庭分娩から施設分娩へと変化した時期でもあり、地域のニーズに大いに応えられたと思われます。平成に入り、年間の分娩数200件、帝王切開(以下帝切)20から50件で推移しておりましたが、平成16〜19年は当時の産婦人科部長の精力的な活躍によって、年間分娩数400件以上、帝切100件以上と劇的な発展を遂げました。平成20年に同部長が野洲市市三宅で開業されたことを契機に、当医院での分娩数はおよそ120件、帝切20件前後と大幅な減少をみて今日に至っております。
 このような長い歴史の中で、大きな事故もなく、喜びに満ち溢れる産婦人科医療を担ってこられた多数の医師、助産師、関係者の方々に深甚なる敬意を払います。本当にありがとうございました。また、長年お疲れ様でした。分娩数が少なくなった時期には、看護部長をはじめ助産師の方々は、お産前後の育児支援事業や助産師教育実習、出向など幅広く活動されていました。今回、分娩担当医師確保が困難な状況となり、滋賀県、野洲市、関連大学関係者、地元医師会の方々のご理解を得て、惜しまれながらも、やむなく産科を閉鎖することになりました。
なお、婦人科診療に関しましては、今まで以上に充実させて頂きますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
上記の情報の多くは、3階病棟課長のご厚意により提供されましたことに感謝いたします。
※「こまどり助産所」: 昭和36年に野洲町内の開業助産婦ら5人が集まり、野洲病院の前身である野洲診療所の2階部分を借り受け、共同助産所として開所された。全額自己負担による個人開設となっており、開設初年度の昭和36年は、7月から12月までの6か月間で44件の分娩を取り扱っている。
引用文献: 社団法人日本助産婦会滋賀県支部「75年記念誌」、平成14年3月発行、P53

滋賀県における助産所
滋賀県における助産所
引用文献: 社団法人日本助産婦会滋賀県支部「75年記念誌」、平成14年3月発行、P49
 助産料規定書、児の体重測定の様子
助産料規定書、児の体重測定の様子
引用文献: 社団法人日本助産婦会滋賀県支部「75年記念誌」、平成14年3月発行、P46

2015年1月13日 15:12:40 掲載

〇2件の嬉しいニュース
 この年末年始に特に嬉しいニュースが2件ありました。
 一つが、ニューヨークヤンキースの黒田博樹投手(写真1)の8年振りの広島カープ復帰のニュース。広島出身で、小さい頃からの大のカープファンにとって涙する位嬉しかったです。米大リーグでの年俸20億円を蹴って、広島の4億円プラス出来高払いの1年契約での合流とのことです。「日本に戻ってプレーすることがあるならば、広島しかない。」という思いをずっと7年の月日を経ても変わらなかった「カープ愛」と男気に感謝感激!マエケンとのダブルエースで今年こそ優勝を期待したい。

写真1: 黒田博樹投手
写真1: 黒田博樹投手

 もう一つが、サッカーの乾貴士選手(写真2)(野洲高校出身、現アイントラハト・フランクフルト所属)のアジアカップ初戦・対パレスチナ戦(4-0で日本の圧勝)での全日本代表先発。前半だけの出場であったが、大いに存在感を示していた。ザッケローニ監督時代には出番がほとん無かったことを考えると、アギーレ監督に大きなチャンスをもらったと思う。他の選手にないテクニックと感覚を持っており、是非ともこのチャンスをものにしてレギュラーに定着して欲しい。
頑張れカープ!頑張れ乾!

写真2: 乾貴士選手
写真2: 乾貴士選手
※wikipediaより引用

2014年12月17日 16:21:01 掲載

〇車通勤途中の風光明媚な風景
 師走も早や半ばを過ぎ、いよいよ年末を迎えて忙しい毎日をお過ごしのことと存じます。私事で恐縮ですが、私の住まいは比叡山の中腹にある比叡平。湖西から湖南の野洲病院への往復のため、天気がよければ行きは朝日と、帰りは夕陽を浴びながらの通勤になっています。いつも手元にカメラを携帯し、美しい景色に遭遇すると、必ず車を止めて写真撮影をする習慣になっています。本年撮影したもので、特に印象に残った写真を4点掲載させていただきます。
 滋賀県は琵琶湖だけでなく、周辺に比叡山、比良山系、伊吹山、伊吹山系、湖南アルプスと美しい山に囲まれ、四季それぞれに大変美しい自然に恵まれています。また野洲市は、琵琶湖に流入する一番大きな川である野洲川と、平地に鎮座し、滋賀県のどの位置からも絶好の目印になる美しい形をした三上山(近江富士)もあります。恵まれた自然に魅了されるばかりでなく、伝統のある神社仏閣、国宝・重要文化財も豊富で、大変恵まれた地と思います。滋賀県の良さをもっと、全国の人に知ってもらいたいものです。

 写真1:近江富士大橋からみた三上山山頂からのご来光(2014/1/9朝7時頃撮影)  写真2:中主にある菜の花畑からみた冠雪した比良山(2014/3/4朝撮影)
写真1:
近江富士大橋からみた三上山山頂からのご来光(2014/1/9朝7時頃撮影)
写真2:
守山なぎさ公園の菜の花畑より展望、冠雪した比良山
(2014/3/4朝撮影)
 写真3:三井寺疎水の桜並木。観光ポスターによく出ますが・・・(2014/4/5朝撮影)  写真4:皆既月食でみられた赤い満月(2014/10/8午後7時40分自宅付近で撮影)
写真3:
三井寺疎水の桜並木。観光ポスターによく出ますが・・・(2014/4/5朝撮影)
写真4:
皆既月食でみられた赤い満月
(2014/10/8午後7時40分自宅付近で撮影)

2014年11月27日 13:36:11 掲載

〇全国高校サッカー選手権大会滋賀県予選決勝戦、野洲高校善戦するが敗退に終わる
 11月15日皇子山陸上競技場で、第93回全国高校サッカー選手権大会・滋賀県予選の決勝戦が、野洲高校と草津東高校とで行われた。前週の水口高校との準決勝と決勝の試合を観戦した。両日ともに好天に恵まれ、いずれも大変に白熱した試合で、楽しい時間を持つことができ、自分の高校生時代も懐かしむことができた。
 私はもちろん、野洲側の応援席で一所懸命に応援した。残念ながら、決勝戦は4対2と逆転負けし、優勝はならなかった。私なりに敗因を挙げると、草津東高校がより速い攻撃をみせたこと、前半に2対1で勝っていたが、風下になった後半のはじめに超ロングシュートを決められて浮足立ったこと、自陣での簡単なパスミスを犯して3点目の勝ち越し点を許したことなどが考えられる。全国的にも有名になった野洲高校サッカーの特徴である華麗なパスサッカーも、全体にやや切れがなく、連動した動きも少なかったようである。エース10番も単独突破を試みることが多く、周りのサポートが余りなかったために不発に終わった。来年の奮起を期待したい。
 サッカーから学ぶこともたくさんある。野洲病院としても、各部署の連携を密にし、逆風にも負けず、一丸となって病院の活性化を目指そうではありませんか! 

平成26年11月15日 全国高校サッカー選手権大会滋賀県予選決勝戦 


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